大竹史朗

大竹史朗 – Shiro el Arriero –


東京生まれ。
13歳のときに、アルゼンチンが生んだ南米フォルクローレの最高峰、アタウアルパ・ユパンキの音楽に触発され、16歳より6年間、クラシックギターを鈴木巌氏に師事。
1988年、単身ニューヨークに渡り、翌89年には、アルゼンチンのユパンキの別荘に招かれ、氏より直接の奏法指導を受ける。
1992年、ユパンキの詩に作曲した‘ヒロシマ~忘れえぬ町’が、ユパンキ本人より共作曲として正式に認可を受け、以降、ニューヨークを拠点に、全米、スペイン、フランス、ポーランド、ドイツ、アルゼンチン、ウルグアイ、ニカラグア、ペルー、グアテマラ、ホンジュラスなど幅広くツァー活動を行う。
 
1994年、アイスランド独立50周年記念コンサートに招聘。首都レイキャビクのオペラハウスおよび大統領官邸にて演奏。また1995年にはブエノスアイレスで初公演、この成功が引き金となり翌96年には、アルゼンチン最大の音楽祭’コスキン’に招演、同国の最大手紙’クラリン’より’日本のユパンキ’と絶賛報道を受けた。
 
1998年、南米パタゴニアの先住民の子供達に寄付活動を行うニューヨークの非営利団体’アタウアルパ・ユパンキ基金(Atahualpa Yupanqui for Indian Children)’より功労賞メダルを授与。
 
2000年以降は、通常のスパニッシュタイプのギターに加え、12弦と6弦によるダブルネックギターを導入、フォルクローレという既存の枠組みに捉われないユニークな自作レパートリーの創作に情熱を傾け、2002年には初の中米3カ国ツアー、この成功により2004年にはパナマ日本国交樹立100年記念リサイタルをパナマシティーで2回行い、2007年には、ペルーのマチュピチュでスペシャルコンサートを行った。
 
近年は、ユパンキの文学にバッハの音楽を融合させた独自のアイディアによる‘アルゼンチン風バッハ’が評価を受け、2009年、2010年、二年連続でカーネギーホールに招演。ユパンキ、バッハ、ヴィラ=ロボス、そして自作曲を披露し大成功をおさめる一方、日本を代表する女優のひとりである香川京子氏の朗読とのコンビにより、日本語版’アルゼンチン風バッハ公演を2010年と2011年、それぞれ東京で行うなど精力的に活動。2009年8月には、NYアルゼンチン総領事館の招きを受け、同公館内ホールにおいてリサイタル、「アタウアルパ・ユパンキの芸術を讃えて」を行い、また9月には、メキシコシティーに招聘。日本メキシコ友好400年を記念するリサイタルを、テノチティトラン・アステカ大神殿遺跡において行い、それぞれ大成功をおさめる。
 
2011年、CD‘カミナンテ’に収録した‘ヒロシマ~忘れえぬ町’が、‘ラテン音楽名曲名演ベスト111(アルテス・パブリッシング)’に選出される。
 
2012年4月、韓国に初招聘。ソウル市イルシンホールにおいて、女性フルート奏者、キム・ヒスク氏とともにスペシャルジョイント公演‘バッハ・イン・ラテンスタイル’、8月には、NYアルゼンチン総領事館主催により、ユパンキ没後20年記念リサイタルを行う。また2013年暮れには、ヒスク氏とのコンビにより東京で公演、朝鮮半島の伝説から作曲したフルートとギターのための組曲’ハンアの舞’を初演して成功をおさめた。
 
2014年1月、アルゼンチン、コルドバ州政府の招聘により同州をツアー。政府より公式ディプロマを受け、南米民俗音楽の奏者としての存在を確固たるものとする。
6月公開の日本映画「無花果の森(小池真理子原作、古厩智之監督、ユナク&原田夏希主演)」のサウンドトラックを担当し、4月には東京のプレミア試写会に招待を受け、舞台挨拶および劇中音楽をライヴで披露、またその一週間後には、銀座ヤマハホールにおいて渡米25年を記念するリサイタルを行った。
 
6月にはパラグアイとアルゼンチン計4都市をツアー。アルゼンチン政府より公式依頼を受けて作曲した、同国の国民詩人レオポルド・ルゴーネス生誕140年を記念する合唱つき組曲’神々の炎’を初演。各地で大成功をおさめ、南米最大のネットワークABCより’ユパンキの神の申し子’との絶賛報道を受ける。
 
7月、最新CDアルバム「イベロアメリカーナ/ライヴ」を発表。
 
英語、スペイン語、フランス語、そしてイタリア語を話す。
米国永住権にてニューヨークに在住。